金華・鶯谷・梅林の観光・お出かけの店舗情報101件を掲載中。
口コミから金華・鶯谷・梅林で人気の観光・お出かけや、あなたにピッタリの観光・お出かけをきっと見つけられます!
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近代彫刻の巨匠ロダンのモデルになったただ一人の日本人女性、花子(太田ひさ)が眠るお寺です。 ヨーロッパより戻り、晩年24年間をここ岐阜市にて生活を送ってその生涯の幕を閉じました。 その花子の墓がこのお寺にあります。 平成16年には、花子の永眠の地として碑が建てられました。 岐阜は小さな街ですが、有名人の足跡があちこちにあって面白いですね。
4 | 口コミ件数 | 1件 |
戦国時代に武家屋敷があったところ。 信長に使えていた武将の家紋と花押が、石柱に描かれています、ただしそこが居住跡とは違います。 岐阜城の城下で金華山を見るのによいロケーションの場所です。 近くに鋸型の家並みもあり、お寺を廻るときに通るとよいでしょう。 当時の道造りは地形にも寄りますが、碁盤の目のように真っ直ぐにしますが、この道は曲線です。 なぜ?かを考えて歩くのも面白いです。
3.75 | 口コミ件数 | 1件 |
岐阜市指定史跡です。 織田信長公が岐阜にて楽市楽座を開いたときの、市神とされた木です。 道路改修工事の為に今のところに移植されたのですが、現在の木も3代目だそうです。 この木の基、商工業者を保護して街の活性化を図ったんですね。 岐阜市には信長公の足跡がいろいろあります、その中のひとつです。 街の中にあり、訪れやすいところにあります。 橿森神社の前ですので、すぐに分かります。
3.5 | 口コミ件数 | 1件 |
斎藤道三公の娘で、織田信長公の正室である帰蝶の墓です。 墓と言っても、本能寺の変の折、織田信長公と共に討死にされたお濃の方遺髪を持ってこの地まで逃れて来た者が埋葬した墓と伝えられてます。 昭和20年の空襲により岐阜市の大半が灰となり墓石も焼失しました、昭和50年にお濃の墓の碑文がみつかり、氏子有志皆様の御協力を得て再建いたしましたお墓であります。 と案内に書かれてあります。 本願寺西別院の東、西野不動尊のすぐ側です。
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