川原町
映画のロケ地としても有名な川原町。
一番有名なのが「白い魔魚」舟橋聖一原作の映画です、主演は有馬稲子さんで昭和31年の作品です。
岐阜の紙問屋の娘(有馬稲子)は東京の大学の学生で、自動車事故で知り合った女社長(高峰三枝子)の所でバイトをしていた。
ある日岐阜からの手紙で実家が破産状態なり岐阜に戻ってくる、女社長も見舞いがてら岐阜に来る・・・・
川原町の他岐阜駅や藍川橋、長良川などで撮影は行われましたが、現在面影があるのは川原町だけです。
女社長が泊まったのは、いとう旅館現在は営業していませんが建物は残っています、その横には現在古い建物を利用したレストランがあって旅館から長良川を見た同じ景色が見られます。
鵜飼のシーンも出てきますが、実際撮影したのは鵜飼開催より2ヶ月も前の3月の寒い日だったそうです。
紙問屋の設定の家も現在も変わらない趣を残しています、写真1枚目は有馬稲子さんとその兄とのシーンを撮った折戸橋です、橋自体は新しくなってます。
映画の最後のシーンで、東京から来た長良川に待っている彼の元へ会いに行くのですが、実家から出て確かこの折戸橋を通って着いたところが藍川橋でした(笑)
折戸橋の西に二本の橋があります、順に霞橋・美登里橋です、大正ロマンが残った橋となってます。
写真2枚目がその美登里橋で、橋の上で親子の別れのシーンを撮ったのが「男の紋章」高橋英樹さん主演で昭和38年の作品です。
男の紋章は日活映画初の任侠シリーズで高橋英樹さんの人気を不動の物にしました、それの第一作目がこの川原町でロケをしました。
映画の最初の頃のシーンでこの美登里橋から東の通りへ祭のシーンで川原町がいろいろ写ってます。
また、ここより南へ行った昔市内電車が走っていた道路も市内電車と一緒に写っています。
大島組組長の一人息子・竜次(高橋英樹)は、ヤクザ稼業を嫌って医者になるが、父が悪徳ヤクザに殺されたことから組に戻って跡目を継ぐ決心をするが、父を殺した悪徳ヤクザの黒幕である村田組の組長は、なんと竜次の実の母であった、竜次は精神的な葛藤に悩まされる・・・・
東海の港町だったかな、そんな設定ですので川原町のシーンは初めの頃に出てきます。
そして平成になってからの作品「薄れゆく記憶のなかで」平成4年の作品です。
この作品は、川原町と言うより全編岐阜で撮影されています。
1970年代の高校を舞台に、物理学を志望する女子高校生と、将来への目標を見出せないでいる男子高校生の出会いと別れを描いてます。
ナイーブな美しさと胸をかきむしられるような思い、好きであるから純粋であるからこその残酷さが一体となってます。
この映画は当時無名の人ばかりです、主人公の少女は菊池麻衣子さんでこの4年後ふたりっ子で一躍有名になりました。
その女子高生の家が川原町にあると設定されていました。
現在、川原町広場芝生広場から路地に入って突き当たるところが設定の家で、3枚目の写真です。
映画では自転車で路地を通って家に自転車を入れるシーンがあります、そこで川原町とわかります。
この様な映画にも使われる古い街並みを、映画の主人公となって歩いてみてはいかがでしょうか。

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