
妻木八幡神社は岐阜県土岐市妻木町にある神社です、土岐氏にゆかりのある神社で社紋は土岐氏の家紋と同じ土岐桔梗です。
例祭では流鏑馬(やぶさめ)神事が行われ、土岐市の無形民俗文化財に指定されています。

主祭神は応神天皇(誉田別尊)で、八幡信仰は宇佐八幡宮(大分県)に始まり、石清水八幡宮(京都府)、鶴岡八幡宮(神奈川県)など全国に広がってます。

由緒、妻木八幡神社の創建は一説に元応元年(1319)に美濃国守護土岐頼貞の孫、土岐明智頼重が妻木城築城後に創建した言われています。
関ヶ原の合戦(1600)の後、7,500石の旗本になった妻木家頼は社領として49石を寄進し、流鏑馬神事を始め社殿を造営するなどして、ほぼ現在の神社の規模になりました。

万治元年(1658)妻木頼次(家頼の孫)の急死により、妻木氏は断絶し妻木城は廃城になりました。
以降、妻木村は、分家妻木氏二家に統治される事になり、八幡神社は妻木氏の氏神から村民の産土神として崇敬を集め、神社の修理造営は村民達の手で行われるようになりました。

境内に神宮寺として円光山大鏡寺八幡院がありましたが、明治維新の神仏分離令により八幡院は廃寺になり、昭和20年の敗戦とともに宗教法人八幡神社として再発足し現在に至ります。

毎年10月第2日曜日の例祭に行われる流鏑馬はオフィシャルサイトによると、江戸時代初期の元和9年(1623)に妻木城主妻木家頼が、御旅所を造営し、馬一頭を献上したことが始まりといわれています。
選ばれた6名の男子(小学4~6年生)が馬を操り、130mの参道を疾走する様は圧巻です、同日妻木小学校校庭にて火縄銃の実演が行われ、子供鎧行列が八幡神社へ向かいます。

明治時代以降の衣装である陣笠陣羽織姿で三度駆け上がり、その後御旅所前で弓を射る儀式を行います。
そして江戸時代に行われていた衣装である花笠と五色の布をまとった華やかな古式衣装で三度駆け上がります。

流鏑馬が終わると6人の乗子は御旅所前に整列し、神輿を警護して本殿へ神様に帰り、本殿での神事をもって全ての行事が終わります。

今年2020年はコロナ禍のため、神事のみ縮小して行われ、流鏑馬等は残念ながら中止となりました。
東鉄バス妻木上郷バス停より徒歩約20分。

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