林雄介(作家、元官僚、林和志)さんのランキング
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岐阜市内を歩いているとよく見かける案内板。 近年になって御鮨街道沿いに案内板を設置するようになった模様。 岐阜から、長良川の鵜飼で獲れた鮎を江戸の献上する将軍家に運ぶための道を御鮨街道という。御三家の尾張藩から、鮎をなれ鮨に加工して初夏に献上していた。鵜飼をやっているあたりは尾張藩や幕府の直轄領のため。道沿いに、案内板が複数建てられている。
マーサ21の築地銀だこをテイクアウトしました。フランチャイズ系の中では、ふわとろ系かなと思います。 大学時代から食べているので、わりと好きなたこ焼きです。岐阜に銀だこができてびっくりしました。 店員さんはとても感じが良く好感が持てました。 お持ち帰りに失敗して、ちょっと小さくなりました。
岐阜市には中山道沿いに二文字屋という鰻屋さんがあります。このお店のひつまぶしは、最初はそのまま食べます。次は薬味を入れて食べ、3口目は、出汁を入れて食べます。 そして、4口目は1番美味しかった食べ方で食べるのです。 鰻の皮はパリッと香ばしく、身はふわりと柔らかい。実に見事な焼き方です。 この鰻屋さんは、1620年からやっている岐阜有数の隠れた老舗です。 JR岐阜駅から歩いて行ける距離なので、東京から人が来るとこの店の2階の個室を使わせてもらっています。 鰻もパリッとした皮とふわりとした身がとても美味しいのです。 名古屋名物のひつまぶしが食べたいと小学校の頃に、私が父に言うと、名古屋で働いている父に、この店の方が美味しいと連れて行かれました。それ以来、30年くらい通っているお店です。 中山道は、明治天皇様や和宮様様も利用された中山道の本陣、脇本陣があり、その近くに二文字屋さんはあるので、本陣跡を通って店に連れて行くと歴史ある感が半端ないのです。
自宅への出前で利用しました。昔ながらの味で岐阜市の名物の天ぷら中華そばもあります。今回は、五目中華そばと鍋焼きうどん。肉うどんを注文しました。懐かしい味がしました。
本尊は国の重要文化財指定を受けている十一面観音様(本尊のご開帳は毎年4月18日)です。天台宗のお寺です。岐阜市役所の前にあります。朱色の門と社殿が映えます。 お賽銭箱の横になで大黒さんが祀られています。お地蔵さんやいろいろな仏様の石像があります。 美江寺は、伊賀(三重県)に十一面観音がお祀りされていたのがはじまりです。この十一面観音が、岐阜県の瑞穂市の美江寺に移されます。この美江寺は、東大寺別当の勤操(すごく偉い僧侶)です。伝承では、善無畏三蔵(ぜんむいさんぞう)、(密教を使った高層の1人、訪日伝説があります)が、落慶供養が行われます。 現在地への移転は、斎藤道三公の稲葉山城築城時説と織田信長公の移転説があります。お寺の縁起では斎藤道三公の移築説を紹介しています。 いずれにせよ、稲葉山城(岐阜城)の裏鬼門守護のために斎藤道三公、または織田信長公が移設したようです。なお、瑞穂市の美江寺には、美江寺観音が再建されています。
岐阜では有名な織田信長ゆかりのお寺です。 1183年、開山のお寺です。 1547年、織田信長の父親の織田信秀が斎藤道三との戦いで戦死者を出したのを弔うために、円徳寺内に葬ります。いわゆる織田塚(元の織田塚は住宅街にあります)です。織田信長が美濃を平定、現在地に円徳寺も移転します。市が門前で開催され、織田信長も楽市楽座の制札を発行します。1993年には、楽市楽座の制札は国の重要文化財の指定を受けます。織田信長公の孫の織田秀信は、関ヶ原の合戦の敗戦後、円徳寺で剃髪し出家、高野山に入ります(追放)。本堂の横には、織田信長公寄進の鐘があります。(真偽不明)
読者と一緒にお話しするのに利用した。 店の外にテラス席もある。 店員さんは丁寧に応接してくださる。 岐阜駅内にあるので、かなり混んでいたり、賑やかではある。
岐阜市の観光案内所。模型の岐阜城が飾ってある。 多言語対応の岐阜市のパンフレットも置いてある。 他自治体の観光案内も置いてある。 案内所のガイドの方もいて、岐阜市を観光に来た方の案内をわりと最近は丁寧にやっておられる。
円徳寺にある織田塚がもともとあった場所と思われる。織田信秀(信長の父親)と斎藤道三公の戦いの戦死者を弔うために作られた。住宅街の中にあり、かつ、柵で囲まれているので外から見学することしかできない。大々的に観光スポット化されている場所ではないです。
ケーキをテイクアウトできる。かなりの種類があり、手土産にも最適。 ケーキが持ち運びで壊れないように箱にクッションを入れてくれる。 応対も丁寧。 なので、よく手土産に使わせていただく。
岐阜市の一宮神社。金華山の麓にあるので、山の野良リス(リス村のタイワンリスではなく、1936年に岐阜公園で開かれた博覧会から逃げ出したタイワンリス)たまに現れる。 もともと、金華山(稲葉山)に丸山神社として祀られていたが、斎藤道三公が稲葉山城(岐阜城)を作った時に、この地に移転。 境内には、黒龍神社等もあり、初詣の時期は大混雑する。ちなみに、黒龍は、丸山神社からの移転前からのこの地の土地神と考えられている。 自然が豊かな岐阜市を代表する神社なので、緑に囲まれている。 主祭神は、美濃を開拓した五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)。その妃の淳熨斗媛命(ぬのしひめのみこと)、金神社にも金運の神(農業、殖産興業の神)としてお祀りされている。五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)の母の日葉酢媛命(ひばすひめのみこと)様、外祖父の彦多都彦命(ひこたつひこのみこと、稲葉国造の祖)様、臣下の物部十千根命(もののべのとちねのみこと)様も一緒にお祀りされている。 岐阜市は、伊奈波神社(五十瓊敷入彦命(いにしきいりひこのみこと)様、金神社(淳熨斗媛命(ぬのしひめのみこと)、橿森神社(かしもり)の市隼雄命(いちはやおのみこと)。五十瓊敷入彦命と淳熨斗媛命の子供の3社があり、岐阜祭りでは、伊奈波神社の主祭神が、金神社、橿森神社を訪問する。神様が訪問できないので、神輿で3つの神社をまわる。
清水緑地は、JR岐阜駅の南口の近くにあります。かなり綺麗に整備されていて、遊歩道や川のほとりに季節の花々が咲いていて癒されます。 岐阜駅周辺では1番広い緑地です。(金華山とか水道山に登れば別ですが・・・)遊歩道沿いには、夏には蛍が舞う蛍エリアがあります。 緑地前には噴水があり、昼間はカップル、夕方以降は主に高校生で賑わっています。 緑地内には休息所(屋根付きベンチ)があり、必ず誰かが休んでいます。緑地から川辺りにおりて歩くことが可能です。 清水川は、数十年前はドブ川です。それを水質を綺麗にして、蛍が舞うところまでやったので、東京から岐阜に戻ってきて、1番、変化に驚いた場所です。
岐阜駅北口前広場は、岐阜市内を走っていた路面電車が設置されています。岐阜市民の方には懐かしい電車だと思います。以前は、中の見学もできたのですが、現在は展示してある路面電車の中に入ることができません。そのかわりに、和傘を電車内に飾って展示をしたりしています。また、路面電車の中を見学するための見学用の登り台があります。休日は、親子連れの子供達で賑わっています。 ちなみに、JR岐阜駅の正面にある黄金の織田信長像は、岐阜駅北口前広場ではなく信長ゆめ広場にあります。岐阜駅の北口側には、正面に黄金の織田信長像がある信長ゆめ広場。路面電車を展示している北口前広場、やすらぎの里の3つの広場があります。
岐阜県庁で本庁舎ではなくOKBふれあい会館の8階にあります。土木事務所は、地域の方が、あまり利用することはないと思います。 岐阜県では、岐阜県社会基盤メンテナンスサポーター(通称、MS)を県民(岐阜県通勤、通学者含む)の方に委嘱しています。 例年、5月~6月初旬に募集をかけ(令和8年度は、5月11日~6月12日まで募集)、県内各地の土木事務所で、講習会(90分)を実施し、岐阜県社会基盤メンテナンスサポーターに委嘱します。(岐阜土木事務所は令和8年度においては、7月28日(火曜日)15時~の講習です。 講習後、土木事務所長さんから委嘱状を授与があり、活動用のサポーターベスト、帽子、メジャー、マニュアル等が渡されます。 「もう、道路修繕の予算が削減されているので、人海戦術で、穴が開いている段階で修繕した方が修繕費が安い」のだそうです。講習会では、「橋の錆びの話もされました。錆びの初期段階で修繕すると、本格的に錆びてから修繕するよりもはるかに安く修繕できる」そうです。 誰でもできます。私、経済学専攻だし・・・。どの段階で、土木事務所に連絡した方がいいのか(スマホで報告可能)等も講習会で教えてくれます。自治体職員と建設関係の会社の方が、私が講習を受けた時は多く受講していました。 ちなみに、岐阜県では、岐阜県の管理河川等に設置されている魚道の点検を行う、フィッシュウェイ・サポーターも同時期に募集をしています。(令和8年度は、5月8日から6月5日まで募集、講習会は私の時は、オンラインで岐阜土木事務所がやってくれました。 対面講習も可能です。11月から12月に、県内各地の魚道の点検に同行します。 フィッシュウェイ・サポーターは河川課。岐阜県社会基盤メンテナンスサポーター(通称、MS)は、道路維持課が所管しています。どちらも、ボランティア保険を岐阜県が支払ってくれます。
稲葉山城(岐阜城)を斉藤道山公が築城するまで、古代祭祀として旧伊奈波神社が祀られていた場所である。稲葉山城の築城時に、斉藤道三公が、神社を見下ろすのが不敬にあたると、現在地に伊奈波神社を移転させました。そのため、丸山(神社)には、旧祭祀跡をお祀りする岩があります。ロマンチックに書けば、古代祭祀跡です。ただし、あるのは岩が1つだけなので、意味が分からず見学すると、「なにこれ?」と感じる方もいるかもしれません。私は個人的には、神社や史跡が好きなので、楽しく感じました。 場所ですが、岐阜公園から、金華山を登ったところにあります。 正直、中高年の私には、登るのがつらい距離です。(岐阜公園の散歩のついでに登った)。 ハイキング感覚で、岐阜公園散策の延長で行かない方がいいと思います。(金華山登頂の途中にある)。地図で見ると、岐阜公園を少し登った程度に見えますが、主観的に、かなり距離があります。
疱瘡(天然痘)治しの神様としてお祀りされてきた。お正月には、神社名ののぼりがあがるが、平素は静かな神社。それでも、お参りに来ている人が必ずいるので、地域の方には愛されていると思う。境内には、白龍をお祀りする社もあった。
加納天神、長良天神と並ぶ岐阜の三大天神らしい。こじんまりとした神社で、加納、長良と異なり神主さんはお正月や行事の時にしかおられない。なので、普段は無人神社。美濃国の守護になる斎藤氏が赴任してきた時に天神様をお祀りしたのが発祥のため、1200年代に創建されたらしい。織田信長と斉藤龍興の戦いで消失、再建される。1902年に現在地に移転。その後も岐阜空襲で社務所などは消失。現在は、近隣の方がよくお参りに来ている姿を見かける。
昔、30年以上前はペンギンやライオンが飼われていた。 現在は、織田信長の居城跡を中心に信長を前面に出した作りに変わっている。 楽市楽座的な複数の飲食店を入れた施設。 金華山山頂へのロープウェイの駅。 板垣退助の遭難の銅像(岐阜で暴漢に襲わらた) ギフチョウ発見者の名和昆虫博物館などがある。ノーベル文学賞受賞者の川端康成氏も、訪問している 。(好きな女性が岐阜にいたので定期的に会いにきている)。 市立の歴史博物館もある。 敷地は広大で、茶室や児童公園もある。
岐阜市内を歩いているとよく見かける案内板。 近年になって御鮨街道沿いに案内板を設置するようになった模様。 岐阜から献上用の鮎を運ぶための道沿いに、案内板が複数建てられている。
市役所の2階には大食堂があり、天ぷら中華(岐阜市の名産品)を食べることができる。 1階には、福祉施設で作られたお菓子などを売るコーナーがある。日替わりで複数の施設が出店している。 マイナンバーや住民票、パスポート申請などの窓口は1階にあり、書き方などを案内してくれるスタッフの方がおられる。かなり丁寧に応対してくださる。(役所基準では) 上層階からは、市内の景色が展望できる。
岐阜県の日本赤十字社の支部です。血液センターの横にあるます。救急法救急員などの講習を行っています。 岐阜県支部では、8月に行われることが多い防災ボランティア研修を受講すると日本赤十字社の防災ボランティアに登録することができます。 近隣の他都道府県に比べても、短期(2時間程度)の講習も多く、他県から講習会に参加しておられる方も多くいらっしゃいます。
広大な敷地です。 長良天神は美濃の守護代、斎藤利藤が建立。長良天神のルーツは北野天満宮を信仰していた斉藤氏が、美濃赴任に際し、1200年前に天神をお祀りしたと神社の由来には書いてあります。 ちなみに、忠節橋の麓にある岐阜三大天神の忠節天神も斉藤氏の祖が天神を崇敬していたため、天神を勧請すとあります。美濃の守護の斉藤氏一族が、菅原道真公を崇敬していたので、支配地域の岐阜(美濃)に天神社を大量建立したのでしょう。 長良天神では、1人500円で1年間、誕生日祈願をしてもらえます。神職の方も親切です。 また、書き初めや短歌、和歌、川柳などのコンクールも行っています。
岐阜市立図書館の分館(1階)、生涯学習の拠点やボランティア関係(2階)、スポーツ関係の施設があります。また、2階には『考える人』の作者である彫刻家ロダンのモデルになった日本人女性の花子さんの彫像も展示されています。
JR岐阜駅の南口、清水緑地の近くにあります。 美濃国の守護代の斎藤一族が菅原道真公を尊敬していたことから、加納天満宮も建立されたそうです。関ヶ原の合戦後に、加納城が築城され、加納城の守護神として現在の場所に移転します。一心龍王や津島神社など境内社も多く、句碑などの石碑もかなり建っていました。


